革という素材には、時間とともに表情を変えていく魅力があります。 そして、その長い旅路の中では、時に、傷ついたり、疲れたりすることもあるでしょう。
今回は、アルズニが考える「修理」と「メンテナンス」について、 それが、単に「直す」という行為ではなく、製品と、より深い関係を築くための、大切な「対話」であるという思想について、お話ししていきます。
なぜ、私たちは「壊れたもの」に、新たな物語を見るのか
現代の多くの製品は、壊れたら、買い替えることが前提となっています。しかし、古来、人々は、壊れたものを、慈しみ、修理し、新たな命を吹き込んできました。日本の「金継ぎ」のように、割れた器を、漆と金で繋ぎ合わせ、傷跡さえも、景色として楽しむ。その思想の根底には、ものと、人が、対等なパートナーとして、時間を共有するという、美しい価値観があります。
革製品の修理も、これと全く同じです。擦り切れた角、ほつれた糸、動かなくなった金具。それらは、失敗の証ではありません。その製品が、持ち主の人生に、どれだけ寄り添い、活躍してきたかを示す、誇るべき「勲章」なのです。修理とは、その勲章に敬意を払い、製品が、これからも、持ち主の物語を刻み続けるための、手助けをすることに他なりません。
「メンテナンス」という日々の対話、「修理」という特別な対話
もし、革製品との関係を、人間関係に例えるなら、「メンテナンス」は、日々の何気ない会話です。ブラッシングをしたり、オイルを塗ったりすることは、「元気かい?」と、声をかけるようなもの。革の状態を気遣い、栄養を与えることで、信頼関係は、少しずつ深まっていきます。
それに対して、「修理」は、もっと、深く、特別な対話です。大きな傷を負ったり、パーツが壊れてしまった時に、初めて、私たちは、その製品と、真剣に向き合うことになります。どうして、こうなってしまったのか。これから、どうすれば、もっと永く、共にいられるのか。その対話を通じて、私たちの絆は、より一層、強く、そして、かけがえのないものへと、昇華していくのです。
アルズニと「修理」の向き合い方
「作り手」としての、永遠の責任
私たちアルズニは、自分たちが生み出したすべての製品に対して、永遠に責任を持つ覚悟があります。なぜなら、私たちの製品は、何十年という、長い時間を、持ち主と共に生きることを、前提として作られているからです。
自社の職人の手で、修理を行うこと。それは、アルズニが「自社一貫体制」を貫くことの、必然的な帰結です。その製品を、誰よりも知り尽くした「生みの親」である私たちが、最高の「主治医」であるべきだと、考えています。この責任感こそが、私たちの、ものづくりの、根幹を支えています。
「元に戻す」のではなく、「未来へ繋ぐ」
アルズニの修理は、単に、製品を、新品の状態に「戻す」ことを、目的とはしていません。私たちは、その製品が、持ち主と共に歩んできた「時間」を、深く尊重します。
例えば、ステッチがほつれた場合、私たちは、周りの色褪せた糸の色に合わせて、少しだけ、色を調整した糸で縫い直すことがあります。交換する革のパーツも、全体のエイジングの雰囲気に合わせて、最適なものを選び抜きます。それは、修理した部分だけが浮いてしまうことなく、製品の新たな「歴史」の一部として、自然に溶け込み、未来へと、美しく繋がっていくための、私たちの、細やかな配慮です。
持ち主が、その「物語」を完成させる
修理を終えて、持ち主の元へ帰っていく製品を見ることは、私たちにとって、大きな喜びです。そこには、作り手である私たちの想いと、持ち主の想い、そして、製品が歩んできた時間が、幾重にも重なり合って、唯一無二の、美しいオーラが生まれています。
修理の跡は、もはや、欠点ではありません。それは、作り手と、使い手の、共同作業の証であり、その製品が、どれだけ深く愛されているかを物語る、最も美しい「景色」です。その景色を、誇りに思い、これからも、自分だけの物語を、刻み続けてほしい。私たちは、そんな願いを込めて、修理という「対話」に、臨んでいます。
まとめ
革製品の修理とメンテナンスは、手間のかかることかもしれません。しかし、それは、ものとの関係性を、消費から、「共生」へと、高めていくための、豊かで、創造的な時間です。
アルズニは、これからも、あなたの、かけがえのない相棒の「主治医」として、その長い旅路に、寄り添い続けます。あなたの物語が、より深く、そして、美しく刻まれていく、そのために。